17.5歳のセックスか戦争を知ったガキのモード

葛西祝によるアニメーションについてのテキスト

ただちに連載再開すべき、現代を予見した不条理マンガ『第三世界の長井』【これアニメ化しないんだ?】

Ads

【「これアニメ化しないんだ?」とは商業上の理由で30代から50代に向け、80年代や90年代の作品がアニメ化され続けるもどかしさに対する、ささやかな抵抗のシリーズです】

いつから現実にコントのようなものが侵食し、みんな受け入れてしまっているのでしょうか?

たとえば先日の参院選選挙がそうです。選挙の争点として前首相の暗殺など様々なイシューがありましたが、憂鬱になったのはシンプルに新興の政党やその候補者たちです。NHK党は言うまでもなく、スマイル党や核融合党といった政党が並ぶ姿は壮観であり、「誰が存在を許したのか」という虚しさばかりが漂っていました。

コメディなら笑わせる意図があるのでしょうが(僕は笑いませんが)、残念ながら現実です。誰も排斥せず見ないようにしているうちに存在を許されたらしい(僕は許していませんが)。

そのあいだに異様な現実が構築されていく。Youtubeでの芸能界の内幕語りで知名度を広めた東谷義和氏がNHK党から出馬し、当選を果たし、例のカタカナの芸名で国会の活動を認められたことを、私たちは現実として捉えなければならないのです。現与党が統一教会との関連が明らかにもかかわらず、メディアにて「知らないと強弁していればそのうちにこの問題は沈下するであろう」という姿をさらすのを現実として直視しなくてはならないのです。

そんないま『第三世界の長井』を読み返すと、初読のときよりスッと内容が入る。「この漫画は異常な事態を検証もせず、放置した末の現実感がなにかを描いていたんじゃないか」そう思いました。しかも作品が題材としたものまで含めると、あまりに予見的でゾッとします。

ギャグマンガ家・ながいけんによる本作は、笑いを描いているようでまったく笑えないリアリズムを描いている。2009年に連載が開始されてから長期に渡る執筆のなかで、現実が異様なかたちで侵食されてゆく様を自覚的に描いていると思います。

現在は打ち切りにより中断されているのですが、いまこそ再開すべき作品でしょう。おそらく本作をよく知る方も、いま読んだほうが理解できる作品でしょう。

Eアンカーと呼ばれる“設定”が次々と現実を崩してゆく


キャップの青年がレターを受け取ると、なにやら「Eアンカー」と呼ばれるアニメや漫画みたいな設定がずらずらと書いてある。そんなウソみたいな設定が、現実になっているらしい。その代表的な存在が、通常の絵柄とまったく違う「長井」でした。Eアンカーの設定によれば、どうやら長井は博士とともに宇宙人と戦っているらしい。

キャップの青年が長井と関わるあいだ、定期的に漫画家モリタイシ氏やアントンシク氏が考えたEアンカーが追加され、現実世界に奇妙な設定が反映。非現実的な事態が次々と発生します。

コスプレした男が白昼から街を襲撃したり、ヘリコプターが突如落下してビルに衝突するような異様な事件が立て続けに発生。周囲の人々は最初は疑問に思うのですが、恐ろしいことにEアンカーの異様な設定を受け入れていくのです。

事態の異様さをただ一人知るキャップの青年はこわれゆく現実について諦観。ところがキャップの青年にも秘密があり、どうやら現実に関与する神のような力があると関係者は語ります。たしかに急にワープらしき移動をしたり、空中を飛んでみたりもする。しかしそんな彼も崩れていく目の前の状況には何もできないまま。果たして現実の認識とはなんなのか? 膨大な設定をスパゲティコードのように追加された“長井”の行く末とは?

ここまでの本作の受容

第三世界の長井』はやはり前作の『神聖モテモテ王国』のイメージが強かったのもあり、本作の受容に関してはどうも錯綜しているようです。

たとえばライターの後川永氏は「この作品ではとにかくひたすら、既存の枠組みを疑い、撹乱することだけが試みられている。率直なことをいえば、その試みは今のところ、ことエンターテインメントとしても、思考実験としても、どうにも成功しているようには思えない」と辛辣な評価を下しています

一方で、凝ったアニメやゲームによくある“現実と虚構の対立”や “膨大な裏の設定によって構築される作品世界”といった作品の性質ゆえに、考察サイトやテキストがいくつか存在しております。

ゲームなどさまざまなカルチャーのサイト「鉄の靴」の杉浦印字氏は本作に特化した大型の考察サイトを構築。「情報の大半あるいは全てが読者を楽しませる(あるいは混乱させる)ためのフェイクであり、このページで行なう思考実験すべてが無意味」と自覚しながらも、Eアンカーの設定とはどこまで機能しているのか、各登場人物はなんなのかを検証。

単行本3巻までの状況を整理するほか、作中で登場する街が東京の都下である田無を舞台にしているなどの情報もまとめており、当時の杉浦氏がどうしても考察を止められなくなるようなフックが本作にあったということでしょう。

社会を調停することを失った世界観

ただ僕自身はいずれの立場でもありません。ギャグマンガとしての受容し辛さも、現実と虚構という(もはや意味をなさないといっていい)視点も、曲折した世界観から何らかの筋道を考察することも、いま本作を評する意味で興味はない。メタフィクションという読みさえ本作のもつ豊饒さからもっとも遠ざかる行為と感じている。

僕が本作でもっとも注目しているのが、そもそも現実……いや、社会と言い換えてもいい。それを成立させる検証や修正の機能を失った光景のリアリティです。たぶん言葉にできていないだけで、多くの人もそれを薄々と感じているでしょう。

読み返していても市井の人々が崩れた現実をそのまま放置して、受容してしまうシーンがとても怖いんですね。しかも “神のような立場で俯瞰して状況を見ている”主人公がそれに気づいていながら、実質何もできずに翻弄されるのも嫌なリアリティがある。

この漫画のすごいところは「現実に異常なことが起こりました、だから主人公たちが原因を追究して潰した結果、現実は元通りになりました」という流れを期待できないところですよ。普通の作劇ならそれで終わる。でも本作の異質さは何か異常な事態が進行しているし、それを認知できているのに何もできないことなんです。

こうした意味で、先行の評価や考察でゆいいつ重要だと考えるのが、「本作のEアンカーという発想は、あれは2ちゃんねるの安価スレから来たのではないか」ということです。連載時には安っぽい発想だったと思うんですが、これも時を経た現在、予見的で、リアルな痛みをもって読めてしまう。

というのも、同掲示板から派生し、英語圏にて発展した4chan・8chanにて、陰謀論クラスターとして名高いQアノンが醸成されてしまったことなどを振り返ればわかりやすいかもしれません。

ホワイトハウス襲撃事件などはある種の現実が崩れ去る光景として端的かと思われます。アメリカ大統領選を不正選挙だとして、さまざまなクラスターが議会に結集し、扇動するなかにQアノンの信奉者がいた。ディープステートなんているわけないだろ……カバールが世界を裏側から動かすとかないだろ……現実の複雑な事象を読み解くことから目を背けるなよ。そんな調停を考えた言葉も “裏の設定”に乗せられた群衆には無力でした。

Qアノンは日本支部でも神真都Qが存在。現在、新型コロナウィルスの蔓延が続く中で反ワクチンの活動を行っている中で幹部である俳優が逮捕されるなど、大元と変わらず異様な事態を引き起こしているわけですが、私たちはネットで通用しない正論を吐くほかないわけです。

僕は冒頭で書いたように、危機的な状況にもかかわらず屑みたいなYoutuberを議会に送り込んでしまう現実のほか、Qアノンに代表される(いわゆる “ハックした”というスラングで語られるだろう)異様な事象が目に見えているのに検証して排除できない。現実の社会を安定たらしめる行動や機能がせき止められているうちに、慣らされ、徐々に自分の価値基準も壊れていく感覚は本作でもある意味で描かれており、主人公は静かに追い詰められていくんですね。

浪速風】オウムに破防法を適用すべきだった 教祖ら7人死刑執行も残る懸念 - 産経ニュース

本作のギャグの存在はすべて元の現実での調停機能が壊れている状態を表すものであり、『神聖モテモテ王国』みたいにおとなしく笑えるか滑っているかを判定するものではありません。カルト宗教の教祖が選挙に出馬したときの取り巻きが教祖を模した被り物をしながらオリジナルの歌を流す光景を、コントではなく現実に、本気で行っているのを見ることに近いです。

崩れ去る現実の物語に続きはあるのか?

 

連載が中断してから続報はなかったようですが、2020年になんとTwitterにて本作の公式アカウントが登場。断片的に続きがアップされておりますが、開設から約5か月後に再び沈黙してしまっています。

公式Twitterでは「5巻分は描いたけどこれをどうすべきかわからないし面倒なので、とりあえず6巻目に入ってる。(ながい)」と2年前に発言しています。今回のテキストを書くにあたって、続刊や連載再開に関してDMで問い合わせてみましたが返信はなし。小学館に問い合わせたところ、ゲッサン編集部からは「続刊に関しましては、現在、発売の予定はございません。今後、発売するということになりました場合は、ゲッサン本誌、またはWEBサイトやSNS等で発表させていただきます」と回答をいただきました。出版は未定のようです。

日々、忘れられるためのアニメが生まれ出ていますが、既存の企画ではないところへ培った技術やモードが引き継がれることを祈り、次回にお会いしましょう。

OFUSEで応援を送る