【「これアニメ化しないんだ?」とは80年代や90年代の作品がアニメ化され続けるもどかしさに対する、ささやかな抵抗のシリーズです】
ニュースで不気味な殺人事件を目にしたときの冷ややかな感覚は、誰でも身に覚えがあるでしょう。
ぞっとする感覚が深く刻まれるのは、なにも続報で犯人の背景が明らかになることだけじゃありません。特に「獄中結婚した」って続報は、楔のように不気味な感覚を刻みこみます*1。
殺人を犯し、収監されているはずの彼らと結婚を選んだ人間がいる。私たちは残酷な事件を知ったとき「なんてひどい」って思うのと同時に、事件の不条理さを自分たちが生きている現実から遮断するはずです。犯人が刑務所に送り込まれ、日常から隔離されるのと同様に。
だけど結婚って選択は違いますよね。日常生活を送る誰かが、隔離された犯罪者と婚姻を結んだってニュースから、遮断したはずの不条理が隣り合わせにあることを突きつけられる。陰惨な殺人を犯した木嶋佳苗や宅間守と誰かが結婚したという報道を通し、「なぜそんなことができるんだ?」と思い、理解できないものが自分たちの現実と地続きにあるのだと気づかされる。
『夏目アラタの結婚』(小学館・ビックコミックスペリオール連載 公式サイト・第1話公開中)はまさしく犯罪者との結婚というストーリーを通して、観客を不条理と隣り合わせに引き込む漫画でしょう。
『医龍』や『幽霊塔』の乃木坂太郎さんが描く本作は、諧謔的な描写やミステリーの進行、犯罪者のヒロインの描写などエンターテインメントの味付けを欠かしておりません。
リアルな獄中結婚を描く意図はないでしょう。ですが、読者を犯罪者という不条理に向かい合わせ「絶対に耐えられない」「いや、もしかしたら理解できるかも」という境界線の上に立たせようとしていることは、確かなのです。
周到な殺人犯と接触する描写
児童相談所に勤務する主人公・夏目アラタは30代の独身として、仕事に日々を忙殺されていました。ある日、担当している児童から「父を殺した犯人に代わりに面会して欲しい」という依頼を受けます。
犯人は品川真珠という女性。人体をばらばらに解体する凶悪な連続殺人犯として東京拘置所へ収監されていました。児童の話によれば、切断された父親の生首だけが見つかっておらず、アラタには真珠にそのありかを聞いてほしいのだと言います。
アラタは、数人の命を奪った品川真珠がどんな化け物なのかと構えながら面会に向かいます。ところが、透明なアクリル板ごしに現れたのはショートカットの可憐な女性でした。
本当に彼女は陰惨な殺人犯なのか……? そう思ったのもつかの間。真珠はあっという間にアラタが当初の面会人と違うことを見抜き、面会を切り上げようとします。このままでは生首の真相がわからない。アラタは引き留めるため、とっさにこう言いました。「俺と結婚しよーぜ!」
『夏目アラタの結婚』は、真珠とアラタの面会や裁判を通して複数のジャンルを複合して描いて見せます。児童の父親の首はどこにあるのか? そもそも真珠は本当に犯人なのか? そんな伏線が散りばめられたミステリー。アラタと真珠の不気味なラブストーリー。そして様々な登場人物の結婚観を描く奇妙な夫婦物語。それらをシームレスに繋げているのが面白いところでしょう。
ですが、なによりも物語を追いかける核になっているのは、普通の人々が不条理な犯罪者に対して心理状態が揺らぐ感覚を描こうとしている点に他なりません。
残酷な殺人を犯した人間に実際に会ってみれば、第一印象はまったく普通の人だった。だから、もしかしたら会話も合うのかもしれない。会話が通じるなら過去の残酷な犯罪について後悔してくれるのかもしれない。
実際、本作でアラタや他の登場人物は真珠と会話を重ねる中で、「ちゃんと話が通じる子じゃないのかな」と思うようになる。ここは読んでいて、人は事件が陰惨であるほど共感できる部分を見つけて安心したがる心理を描いているように見えました。真珠を美少女として描いているのも、(少なくとも掲載紙のスペリオールが想定している)読者が油断するように計算してるなと思います。
ところが犯罪者と話しているうちに、 “もしかしたら分かり合えるのでは”という思いは崩れ去るのです。真珠は事件の真相にかかわる話題を切りこむと、ぼろぼろの歯をのぞかせ、表情を歪ませて嘘か本当かわからないことを言う。そこで「やはり理解できない何かがある」と冷ややかな感覚に引き戻されるわけです。
アラタは真珠のコミュニケーションするなかで、「もしかしたら理解できるかもしれない」「やはり無理かもしれない」境界線をぐらぐらと行き来しながら事件の真相や獄中の夫婦という関係を掘り下げることになる……という、独特のグルーブを持った物語が展開されていきます。
木島佳苗や宅間守といった犯罪者と誰かが結婚した理由はわかりません。しかし本作で戯画的に描かれている、人々が巨大な不条理に対してなんとか安心したがる心理を見るに、「もしかしたら彼らと結婚する選択は、確かにありえることなのかもしれない」と感じられるあたりが怖いですね。たぶんそれは、乃木坂さんが取材を重ねたなかで見いだしたものなのでしょう。
現在もスペリオールにて連載中。構図として、連載を追うのは裁判の傍聴席で事態を追うのにも似ているように出来てるのもよいです。物語は佳境に入っている模様です。
アニメ化は誰がやったら面白いか
『化物語』や『魔法少女まどか☆マギカ』のシャフト・新房昭之さんが手掛けたらあうんじゃないかなと思います。
本作は面会や裁判所のような静かな会話シーンが多いです。ゆえにドラマ化のほうがイメージされやすいですが、静的なシーンの会話劇をグラフィカルな表現で持たせてきたシャフトによるアニメも合うんじゃないかなと思いますね。
とりわけ大真面目で深刻すぎるのと諧謔的なシーンが入り混じるスタイルは、シャフトが手掛けてきたミニマルな演出やアートスタイルと親和するんじゃないでしょうか。本作の各巻の表紙ってアラタも真珠もめちゃくちゃな服装やってますからね。
以前、僕はシャフトの作った『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』のレビューで、「どうしょうもなく危ういヒロインに淫らに引きずられる内容だ」ということを書いていました。なので品川真珠というキャラクターをシャフトが扱うとき、不気味に観客を引き込む描写をやれるんじゃないかと興味深く見てしまうのですね。
ところで30代の独身男性が主人公というアニメってありえるんでしょうか? ネットフリックスやFODにやってもらえないかと考えるべきでしょうか? また忘れられるためのアニメが生まれ出ます。培った技術やモードが引き継がれるのを眺め、次回にお会いしましょう。
*1:本テキストでは「収監されている人間同士の結婚」のケースは別にしております。ちょっと歯がゆいかもしれませんがご了承ください