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葛西祝によるアニメーションについてのテキスト

原恵一が萌えアニメの恐るべき才能を見せる『バースデー・ワンダーランド』

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映画『バースデー・ワンダーランド』90秒予告【HD】 - YouTube

作家の失敗作を見る豊穣さ

『バースデー・ワンダーランド』はNetflixに来たのではじめて見たのですが、「原恵一であまり評されていない才能が炸裂している作品だ」とはっきり感じました。

すでに失敗作であることをわかったうえで観ることで、その才能が見やすかったといえます。これまでの原監督作品に期待していたものが、ここにはないことを知ったまま見ることで、むしろ別の可能性を発見できたといえます。

その才能とは、おそらく原監督自身が商業アニメで苦手だ、距離を撮りたいと思っていただろうものです。萌えアニメですよ。

本作は失敗作であるがゆえに、これまでの原監督作品で語られなかった可能性が見えます。「優れた作家が失敗作を作ってしまう」というのはよくあることで、そこから垣間見える裏の才能、可能性を観る喜びに満ちているといえるでしょう。「そうか、こんなに女性キャラクターを映すのが上手な人だったんだ」ということばかりをここでは思わせるのです。

作家の生理と企画の目的が反発した結果 “萌え”だけが残った

おそらく「原恵一」と聞いて、「けいおん」や「ご注文はうさぎですか」を見るような期待で本作を見に行った、コアな観客はひとりもいないと思います。でも本当は、そういう客よりの可能性が存分に発揮されているのです。

物語も、世界設定も、メタファーも失敗しているがゆえに、キャラクターの華やかさだけが際立ちます。しかしぼくは、そこで原監督のこれまでに描いた作品が「実は女性キャラクターを描くのがすごく上手だったな……」と振り返るのでした。

本作は、原監督が「通常のアニメシーンに反発しているが、あえてエンターテインメントをやらねばならない」という、作家の生理と企画の目的が反発することがあいまってます。結果「内容がまったくないゆえに、萌えが際立つ」というまさかの出来事が生まれています。

萌えの際立ちは主人公の造形に出ていますね。主人公アカネは小学生という設定なのに、それよりも上に見える。さらに松岡茉優の軽いハスキーも入った声もあり、最初から大人みたいなキャラにも見える。やたら肌を見せた服装だったり、鳥にお尻を突っつかれたり猫になってしっぽを引っ張られたりみたいなセクシャルな目配せもあってびっくりしました。

原監督がキャスティングも、キャラデザインにイリヤ・クブシノブを起用することを決めたそうですが、そこにも「作家の生理と企画目的の反発」はありますね。結果的に萌えの際立ちかたばかりが印象深いのです。ファンタジー世界に行くことが、これから成長していくための通過儀礼みたいな意味もなさず、もともと成長しきっているキャラクターにしか見えないのもそうですね。

相棒となるアカネの叔母、チィもなかなかな萌え造形ありますよね。叔母と姪の軽い百合冒険アニメみたいにも見えます。かつて商業アニメに「ミチコとハッチン」とか「ノワール」、「キャロル&チューズディ」みたいに女性同士が旅をする、とかありましたが、それらと比べてあまりにマイルドなかわいらしさがありました。無意味で、ただ萌えだけがある。しかし、そこには原監督のフィルモグラフィが重なった結果にも見えるのです。

原監督作品の女性キャラクターについて

ぼくにはただただ、作家の生理と企画の目的が反発した結果の萌えについてこれまでの原監督作品を思い出していました。彼のフィルモグラフィで、実は重層的に女性キャラクターを描いてきたことです。

「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」の春日廉は、しんちゃんのフォーマットを破った造形で、監督が好んでいる日本映画の黄金期みたいな女性キャラクターとして描いています。「カラフル」では売春をする同級生の女の子を、憂鬱でぞっとするようなきれいな人物として描いていました。

 

百日紅」では原監督の女性描写はぐっと進んでいます。あきらかに杏の存在を意識した造形で主人公を描いており、まるで「実写映画における俳優の存在で映画をもたせてしまう」ような効果がありました。

以前、ここで書き散らしたときにもそこが特化していることを書いていますね。「バースデー・ワンダーランド」の前段階として、女性キャラクターが、女優がすごく際立つという意味で、いま読みなおしたら示唆に富みますね。

原監督の実写映画・「はじまりのみち」でモデルとしたのは、日本映画の巨匠、木下恵介でした。彼も女性をすごくうまく撮影する作家で、原監督がそんな木下作品を敬愛し、影響を受け、たどり着いたひとつが実は萌えでもあった。ということが『バースデー・ワンダーランド」でもあります。そしてそれは皮肉ではなく、女性キャラクターを見せることをもっと豊穣に、真剣に考えさせるものでもある。

商業や企画力を度外視した萌えをひとは評価していることはあるのか?

萌えとはなんでしょうね。かわいい女性キャラクターだけ実はアニメはぜんぜんヒットしないということは、ここの書き散らしを6年もやって身に染みていることです。あくまで商業的なクオリティを成立させるフックでしかない。メディアミックスなどいろんな要素に拡張するための気持ちいいハブのようにも映るのですね。

しかし企画や商業というノイズを取り払い、ただただ純粋な芸術評価としての萌えみたいな評価はできるのでしょうか? スマホゲームにもならず、アカネとチィのキャラソングがあるわけでもない「バースデー・ワンダーランド」は、ただただ萌えを純粋に評価できるかどうかを観客に試してきます。

山田尚子作品がTVアニメからかなりそれをやってきましたが、原監督作品が加わりました。女性キャラクターをこれまでにうまく描いてきた力がここにはあります。「なにかのテーマを描こうとしていても、実は何もなく、ただきれいに描かれた萌えがある」という伽藍を、僕たちはどれだけ評価できるのでしょうか。

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