ソング・オブ・ザ・シー 海のうた 制作:カートゥーン・サルーン
かつての長編アニメーションが原作に選ぶのは普遍的な神話やおとぎ話であることは少なくはありません。ディズニーはアンデルセンとグリム兄弟の童話を元に数多くのクラシックとなる長編を作り上げましたし、日本のアニメーションでも初期の東映動画は日本神話や中国の民話を元にした長編を作りだしていました。
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』はそんなクラシックなアニメーションの体験をいまあらためて見せてくれる長編アニメーションです。いまクラシックをあえてやるのはオーソドックス過ぎてしまうとか、堅実だけど古臭くなってしまいがちなのですが(日本アニメーション40周年記念の『シンドバット』みたいに)、本作にそれはありません。伝統的な技術と、現在の技術が上手く手を結んでいます。
ついに日本公開されたアイルランドの長編アニメーションです。2014年の公開から世界各国のアニメーション映画祭でグランプリを獲得、アカデミー賞やアニー賞にもノミネートされた高い評価を受けた作品です。
灯台のある島で、主人公ベンは父親のコナーと妊娠している母親のブロナー、それに愛犬クーと暮らしていました。毎晩ブロナーに昔から伝わる民話と歌を聴かされて眠りにつきます。ところがある日、ブロナーはいなくなってしまいます。なんと嵐のなかの海へと入っていってしまったのです。いったいなぜそんなことをしたのか?わからないまま、コナーとベンは海へと探しにいくのですが、見つかったのは女の子の赤ちゃんだけでした。
時は過ぎ、成長した女の子・シアーシャは夜な夜な母のコートを着て、貝殻の笛を使い、海で音楽を奏でていました。ベンは母親がいなくなったのはシアーシャのせいだ、と思い込んでいてことあるごとにシアーシャに当たります。コナーは母のコートを着て歌うシアーシャをみるにつけ、妻が突如として海に消えた日のことを思い出してしまいます。ある時にコナーはコートを海に捨て、ベンとシアーシャを祖母の住む街へと送り出してしまいます。
住みなれない街に来たベンとシアーシャ。ベンはなんとか家に帰ろうと祖母の家から逃げ出そうとするのですが、一方でシアーシャはいまだ音楽を奏でます。ところがその音楽を聞きつけて、奇妙な妖精とフクロウがシアーシャの前に現れ、シアーシャの正体といなくなった母の秘密がわかってくるのです。
観ていて本当にクラシックなアニメーションを思い出します。そこに「水彩や壁画が動いているかのようなアニメートやデザインを行う」という、高畑勲の「となりの山田君」や「かぐや姫の伝説」のようなデジタル製作による、手描きの鉛筆の描線そのままや水彩の淡いにじみのままアニメートさせるということをやっています。
宣伝のフレーズに「ポスト・スタジオジブリ」と付いているのですが、実際には宮崎駿と高畑勲がジブリ以前にデザインのベースとしていたアニメーションのスタイルが濃厚です。そう、往年の東映動画の時代、そしてヨーロッパのアニメーションですね。
ヨーロッパのクラシックと言えばロシアの民話をもとにした『雪の女王』。1957年に最初にアニメーションが製作されており、宮崎駿らに強い影響を与えたことはよく語られています。これは今でも3DCGアニメーションでリメイクされており、あの『アナと雪の女王』にも関係しています。
もう一つは『やぶにらみの暴君』(のちの完成版に『王と鳥』)。『ソング・オブ・ザ・シー』で目立つのはその幾何形体を組み合わせたのに近いキャラクターデザインやメインヴィジュアルです。一瞬アメリカのリミテッドアニメ的なイラストレーションやグラフィックデザイン的な割り切りにさえ見えるんですが、あれは往年のアニメーションのデザインが肉体や風景を捉える際に丸や三角の集合体で捉える、というのに近いと思います。
スタジオジブリの宮崎・高畑のふたりの発言を読んでいてもこの2作への言及は少なくないです。ジブリ以前の東映動画時代にベースとしていたこれらの作品は、すごく象徴的で寓話的です。いま「フィクションのものをいかに本物らしく見せるか(≒アニメをいかに実写映画のように見せるか)」という目標が3DCGアニメで推進されている中、2Dの手描きだからこそ生まれる寓話やおとぎ話としての強さは今見ても段違いでしょう。
『ソング・オブ・ザ・シー』はスタジオジブリの宮崎・高畑のルーツでもある、ヨーロッパのアニメーションのデザインを正統に引き継いでおり、とくにおとぎ話としてのアニメーションの強さをいかに発揮させられるのか?というデザインを行っています。制作スタジオ休止後のジブリが海外作品をプロデュースするならこっちのほうが通りがいいのになあ…などと実際の権利関係とかプロデュースの方法を分からず書いていますが…
高畑プロデュースはなかなか日本アニメとアメリカアニメが市場を席巻するためアプローチされにくい、アート系のヨーロッパの作品を買い付けていることはすごくいいです。(たぶん、本人のルーツに関係ある気がしますね)だけど、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットの『レッド・タートル』って『思い出のマーニー』後の客に対してやっぱり難しすぎですよ!『ベルヴィル・ランデブー』や『キリクと魔女』などなどこれまでも正統だけど渋いチョイスですが。
ともあれ、今年はブラジルのインディペンデント長編『父を探して』や本作、続いて『レッドタートル』に加え、日本勢からも『君の名は。』や『聲の形』などなどが控えており、国内外の作品でかなり魅力的な長編が公開されてます。そこに加えてディズニーやピクサーの『ズートピア』や『ファインディング・ドリー』なども揃い、長編アニメーション映画はかなり豊饒になっています。
『ソング・オブ・ザ・シー』は吹き替え版も本上まなみやリリー・フランキーを声優に起用、さらにはジャズや歌謡を混ぜ込んだスタイルのバンド・EGO-WRAPPIN'が日本版のテーマを制作と観客を呼ぼうとかなり努力しており、実際内容もすごくメジャーなところを突いています。なのに限られた映画館しか上映されてないのはもったいない状況だなと思います。
これはマニアックな好事家向けでもないし、批評家受けする専門的すぎるもんでもないです。宮崎駿らが切り開いてきたジブリスタイルが完全に膠着し、ディズニー&ピクサーが半リアルな3DCGアニメーションを推し進めるいま、アイルランドの民話を元にした手描きのおとぎ話である本作は効くでしょう。観に行っとけ!ということでまた次回にお会いしましょう。