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葛西祝によるアニメーションについてのテキスト

「シン・ゴジラ」感想 日本のアニメ監督の撮った実写映画のぶっちぎり最高傑作

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シン・ゴジラ 総監督・庵野秀明 監督・特技監督樋口真嗣 准監督・尾上克郎

 

  本作のコピーにはでかでかと「現実対虚構(ニッポン対ゴジラ)」と書かれています。パッと見は格好よさげなコピーで終わるのですが、そうそうたる日本のアニメ監督が撮った実写映画の数々を見てみた自分にとって、真正面からそう書かれたことで「またしてもあのときのように撮るのか、エヴァに苦しんだ後に「ラブ&ポップ」や「式日」を撮ったように」という先入観を抱いたことは確かです。

 

 同じように押井守の実写映画などを観てきたような方ならば、「シン・ゴジラは結局監督本人の作家性の昇華(というか自慰)に終わるだろう。ゴジラブランドがアメリカに食われ、今度は庵野監督のおかずにされる」と考えたと思います。ところが…

 

日本のアニメ監督が何故か意識し続けた「現実と虚構」

 

 以前に「日本のアニメ監督の撮った実写映画」というのをまとめました。そこでポイントとしたのは「アニメ=フィクション」で「実写映画=現実」みたいなあまりにもなものでした。実写映画の手法の影響から日本のアニメの表現は発展したという側面もそうなんですが、一番は既存アニメの限界に対して批判的な方法に実写を想定してるあたりが多くの監督に共通していました。

 

 特に作家性の強い監督ほど「現実と虚構」というテーマでアニメと実写を越境した結果、映画美学校の卒業制作のひとつのようなクオリティの映画がたくさん生まれました。これはクオリティ低いという意味ではなく、監督の自意識の意味ですね。なので「シン・ゴジラ」は監督の作家性や自意識の枠内で評価する以上の完成度を想定していなかったのです。

 彩度の低い映像による、静かなカット

   

 冒頭から東映の旧ロゴからの咆哮という、過去のオマージュからのスタート。旧ロゴにはフィルムの傷や擦れが映っており、年季を感じさせます。ぼくは監督らしい過去への敬意の現れということで本編の映像からはぴかぴかの全然違う映像になるんだろうなあ…などと思っていたのですが、全く違いました。旧ロゴからの咆哮からの、あの時代のフィルムの質感が続くかのような手触りの映像で、本編に入るのです。

 

 すでに岡本喜八の「日本のいちばん長い日」など参照しているということはほうほうから聞いていたのですが、こうまで往年のフィルムであるかのようにカメラを向けているのは意外でした。

 

 ほとんど曇天の空の下、長谷川博己高良健吾竹野内豊とそうそうたる俳優たちがここまで演技を統一し、美しく撮られていることがまず驚きでした。それどころか映画監督まで何人も俳優として登場というのはどういうことでしょうか?塚本晋也は俳優もやるのでともかく、数々の大島弓子原作漫画をくそ映画にしてきた犬童一心や、あの「ゆきゆきて、神軍」の原一男までが出演しています。最も大事な岡本喜八も写真で登場するくらいです。

 

 大体のアニメ監督の実写映画*1はまず俳優がこれまでのキャリアで積み上げてきた存在値や演技に負けます。俳優の存在値を作品世界に合わせるように制御できない。

 

 大友克洋は「蟲師」でオダギリジョー江角マキコを撮ったとき、ギンコではなくコスプレしたオダギリジョーにしか見えないくらい完敗していました。庵野秀明もかつては「キューティーハニー」でサトエリに完敗していました。映画は有名俳優で推すことが先だから俳優の存在値は堅持されるように脚本からなにまでいろんな制作サイドも動くので、監督が負けてる時というのが露骨に出るんです。アニメ監督の実写映画で作品世界に俳優を生かしているのは、原恵一の「はじまりのうた」くらいしかこれまでありませんでした。

 

 全編を通してセピア寄りの彩度の低い映像で大杉漣や渡辺哲といった、かつてのたけし映画の常連に加え、國村準まで映った瞬間におもわず「これはあったかもしれないアウトレイジだな」なんてめちゃくちゃなことを思ったりしたのでした。女優も市川実和子余貴美子も素晴らしい。肝心の主演の石原さとみだけなんだあれって感じでしたけど…

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 こうまで美しく俳優と街を撮る手つきのまま、旧エヴァでも爆発させていた岡本喜八的なセリフからカット割りのテンポが大きく評価されていますが、ぼくは写真のように撮られている静かなカットが随所に差し挟まれていることも評価してます。

 

 「シン・ゴジラ」以前の庵野実写の最高傑作「式日」では何気ない街並みの中にいる主人公ふたりという静かなカットで占められているのですが、長谷川博己竹野内豊といるとき、高良健吾がひっそりと書類を渡す時のシンメトリーのショットにはその時の美しいカットがここに来て戻ってきたように思えたのです。 

ガチの東日本大震災福島第一原発事故を背景にギャレス版ゴジラを迎え撃つ

 そして全編を貫く緊張感は、まさしくあの2011年3月11日からの数か月間を完全に模したものです。東京に波が押し寄せ、車が流れゴジラが這い寄ってくるシークエンスはさすがにあの当時のことを思い出してウッとなりましたし、Twitterでだんだん放射能が広がっていくのを知っていき血の気が引いていくという描写も入っていて、まったくそのあたりの知識が無くて関東からもう逃げた方がいいのかと必死で情報を集めた記憶も蘇りました。事態がどう動くかを注視していたあの感じが冒頭から30分は完全に再現されていると言っていいのではないでしょうか。

 

   これはマジにいろんな意味でギャレス版ゴジラにあてつけた形ですね。「シン・ゴジラ」の「シン」はそういう意味の方に捉えています。ギャレス版とかゴジラの背景の放射能関係を上手くずらしてましたからね。デザインも丸い猫みたいでかわいらしい感じすらありましたし。で、ド派手なディザスターのシークエンスに東日本大震災津波は反映しているという。そうした本質ズラしに対して全局面でカウンターをぶち込んでいる感じすらありますね。

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ゴジラ上陸の、エヴァっぽさとは…

 

 東日本大震災自体も突発的な崩壊といっていいんですが、もうひとつ突発的かつ後を引く暴力に、なにか精神分裂症的なところから放たれる暴力というものがあります。その暴力は理由や文脈がまったく無い、やつ当たりや自傷行為を思わせる尾を引くものです。ゴジラが遂に東京に上陸し、剥き出しの目のまま血をまき散らしながら街を破壊していく瞬間の異常な不気味さは、まさに旧エヴァで描かれた分裂症の暴力を思い出します。

 

 さっきはたけし映画の話を出しましたけど、90年代の代表作「ソナチネ」などで描かれてきた暴力ってまさにそんな分裂症みたいな突発さで全編を覆っています。やがて治癒するようなかたちで「HANA-BI」以降は収まってゆきますが、危ないものを観たという印象はいまだ強いです。

 

 同じように90年代のエヴァの終盤で描かれてきた暴力は、まさにそれです。劇場版で弐号機vs量産型の死闘からの、人類が溶けてなくなるあたりから実写のカット~フィルムをずたずたにする下りまでに放たれたそれは、いまだ多くの観客を傷つけたままです。

 

 この映画は怪獣映画と言うには非常に静かなカットが随所に含まれており、それがゴジラの唐突な暴力・理由も文脈もない暴力を際立たせ、旧エヴァ終盤の暴力性を想起させます。90年代たけし映画もBGM無しで、カメラのルーズショットのフィックスで普通に登場人物が過ごしているところに唐突に銃撃で殺害していくというようなカットがいくつもあり、その落差から制御できない狂気を感じ取っていたのですが、ある意味その落差に近いかもしれません。

 

 この映画は静かな映画だと思います。登場人物たちのブリーフィングがあわただしい一方、肝心のゴジラによる破壊は、静かで、突発的です。ゴジラが都市を進行し、街から電気が消えていき真っ暗になっていく。暗闇のなかでゴジラの身体の赤い光が鈍く瞬く。こういう間合いのシーンはもう今後の怪獣映画でも出てこないのではないかとすら思いましたよ。なによりラストシーンがああしたカットですし。

 

そして類の無いアニメ監督の実写最高傑作へと…

 

 これまでのアニメ監督の実写には既存のアニメに対する失望であるとか、批判性であるとかの極めて内向きな意味での「現実と虚構」が描かれてきたと思います。しかしそれで付いてくるのは好事家くらいでした。「キューティーハニー」を「これはリミテッドアニメを実写でやろうとしたすげえ作品なんだ」みたいに評価してるのはもうぼくしかいない気がします。

 

 本作の徹底した閣僚や自衛隊の状況描写によってフィクションの事態に現実味を与える手法は、押井守の「パトレイバー2」にも似ています。が、あれはこれまで作ってきたパトレイバー世界に対しての批判性を全開にした意味が強く、その後のアニメや実写映画で数々の「現実と虚構」テーマの内向きの作品が出るはしりだったと思います。

 

 しかし今作はここまでにアニメ監督の悩んできたようなそれはありません。本作のコピー「現実対虚構」というのは、実際には本来の絵空事がまるで本当にあるかのようにディテールを詰めていくという正当な作業のことだったと思いますし、現実のえげつない事態を参照し、うなるようなフィクションを作りだすと言う実写映画がやっている正統な作りをやっています。極端な話あたりまえのことをあたりまえにやった。しかしなかなかできないことである。

 

 結局「エヴァQ」の暴力は無理やり思い出しているかのようなレベルだったのに対し、旧エヴァのあの唐突で精神疾患的な暴力に再び出会った感じもある。またこれまでの庵野実写の要素もここにきて生かされている。ある意味で本当に望まれていたアニメ監督の実写映画となっていますし、比類なき最高傑作です。

 

 

 

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*1:いや実写専門の監督でも。