17.5歳のセックスか戦争を知ったガキのモード

葛西祝によるアニメーションについてのテキスト

ピンポン 連載当時の松本大洋と湯浅政明の描線のシンクロ

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ピンポン 第三話 視聴フル

 

 松本大洋は通常の漫画のように記号的な描線によって人物や背景を描写していくことをまったく行わず、またキャラクター描写や造形に関しても漫画界のトレンドにまったく合わせていません。画面の全てをフリーハンドによる描線で描き上げることにより、通常の漫画のような記号的な進行を超え、生々しい描線そのものによる絵によって読者と対峙します。

 

 それゆえに松本大洋作品は通常の漫画の絵を観る記号的なラインと少々外れているため、違和感を伴います。ですが、同時に記号的で類型的でありすぎる漫画の持つある種の不自由さから解き放たれている自由さがそこにはあります。松本大洋作品は作品遍歴ごとに画風は変わっているのですが、特にピンポン当時のこうしたスタンスには、前作の「鉄コン筋クリート」にて背景に書かれていたスペインの画家、エゴン・シーレの影響もあるのかもしれません。

 「ピンポン」時点の松本大洋に影響を与えたと思われる、エゴン・シーレの素描。シーレも素早く力強い描線によって画面に勢いと生きた線による絵を作る。
 
 このピンポンの監督を担当した湯浅政明もまた、「クレヨンしんちゃん」のアニメーター仕事を代表に、2002年の監督作品「マインド・ゲーム」では通常のアニメのようなフラットな描線そしてセル塗りによる記号性を徹底的に避け、ほぼ原画に描きつけた勢いのままに動画化しいくことを基礎に、実写によって声優の顔を丸写しにするとか、筆で絵具を塗り付けたままで動画にするなどの生きた線や動画の勢いというものを重視することに徹底していました。
 
 この二人に共通しているのは一般的な漫画やアニメの傾向にある記号性(その裏打ちとしての不自由さ)というのから自由になる、描線と動画そのものを生かす描写を指向していることです。
 
 アニメ化においてはどうしても商業的な意味から表現のコンセンサスに至るまで記号的なデザイン、記号的な設定、世界観というのに引きずられがちとみえ、弐瓶勉作品でさえ「アバラ」や「バイオメガ」ではなく、ロボットネタの記号化がずいぶん進んだ「シドニアの騎士」にてようやくです。
 
 「ピンポン」は原作終了してアニメ化まで10年以上の期間があり、しかもムード的には「すでに賞味期限の切れた原作を今更」という気配が少なく、むしろ新鮮な印象があります。これも何故でしょうか?
 
 特に松本大洋作品のあまりに漫画・アニメの記号性から逸脱したものは長らくアニメ化に恵まれませんでしたが、時を経て作家的評価(と商業的評価)が増加していくのと同時に、ほぼ素描の勢いのままでのそのまま映像に作り上げることが可能なアニメのデジタル製作と、その利点に自覚的であるスタジオ4°Cや湯浅政明、中村健治らが台頭することにより、近年は実現が可能になっていったのではないか?そのため連載終了からこれほどのスパンがあってもアニメ化においては新鮮さを感じることが出来るのではないか?と一つの仮説を立てています。
 
 そして「ピンポン」の優れている点とは特異な人間関係や背景の多い松本大洋作品の中でも最もシンプルにして感動的なスポーツの物語であり、また、描線の勢いと実写や写真を合成する動画の面白さを優先するあまり、ストーリーや人物描写が二の次になりやすい印象があった湯浅政明作品の流れにとっても、「四畳半神話体系」以降として最も画風を生かせる上に、主人公たちの心理に沿ったドラマを描いています。
 
 二人の漫画やアニメの記号性から逸脱した作家がシンクロした今作では特に互いのアヴァンギャルドな部分によりかけていた部分を補完する形となっており、そこから発生するのは卓球を巡るペコやスマイルの人間関係から、アクマやドラゴンにとっての才能と悲劇を巡る光と影です。
 
 ここまで書いてなんですが、でもOPテーマのあれは無しだろ!あと、本作の製作はタツノコプロなんですね。湯浅政明中村健治と今のアヴァンギャルド方面の監督が「ガッチャマンクラウズ」などなど上手く現モードを生かす方向に行ってる作家を抱えており、なにげに前線に来つつある気がします。観たアニメは忘れましょう。でも血と鉄の味はそのままに、アイキャンフライで飛びましょう。

 

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