17.5歳のセックスか戦争を知ったガキのモード

今季のアニメーションの1話だけを観て今のモード(形態の流行)を全て決める最悪のアニメレビュー

女性専用車両あちこち増えたので男性専用YouTuber科新設へ 2020年4月度から『フルーツバスケット 1st season』

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フルーツバスケット 1st season 視聴10分

ものすごく横山克氏の劇伴がよいです。どういうことでしょうか?デザイン自体は大したものではないし、『カードキャプターさくら』のリメイクみたいに現代のデザインに合わせた形でもない。

なのに観ている感じが、劇場版を観るかのようなドラマティックなテンションを保っています。まさに劇伴の内容と、シーンに合わせた音楽の入れ方の演出が優れているからでしょう。ですがこの優れた劇伴が、以前の2001年版と世界観を大きく変えた象徴的なものと感じさせたのでした。

漫符”の減少

Netflixで2001年版と見比べて、気づいたんですが、この20年のアニメで変化したひとつにデフォルメや「漫符」が弱くなっていっちゃったことがありますね。漫符ってなに?こちらをご参照いただればありがたいです。要するに「怒り」とか「汗」とか記号を使った表現ですね。初出らしい「サルまん」は偉大ですよ。

とくに原作が少女漫画のアニメって、もともとが漫符やデフォルメを使うから、アニメ版もそれを踏襲しますよね。あと、作画枚数も少なめにできたりしますし。昔はTVの夕方やゴールデンに放送されることもあって、制作する本数も多かったのでデフォルメなどがコストを抑える意味でも有効だったのでは、と考えています。

2001年版はデフォルメや漫符を多用しつつ、デジタル制作に入ったあたりだからか、どこか実験的な表現で溢れているんですよ。監督が大地丙太郎さんですから、すごくリズミカルなんですよね。

 

 

今のアニメーション全体のリアリティラインが上昇してしまっている

2019年版では2001年版のデフォルメも、実験もありません。視聴者の感情を上げすぎず、下げ過ぎもしない、格調の高い劇伴が温度を保っています。

しかしそれはクリエイティブなことなのでしょうか?かなり前にTogetterで「「新セーラームーンはリアリティが無い」という暴論。」というのがありました。2014年ごろから90年代リメイクが続いていましたけども、「フルーツバスケット」も同じような伸びの悪さがありますね。

おそらく京都アニメーションだとかエトセトラエトセトラが、漫符やデフォルメを避けながら、アニメキャラや世界観を現実的に感じられるアニメ作りを進めたことで、リアリティラインをあげてしまったのですね。

それに伴い、アニメーションも今は1クールでまとめることも少なくなく、クオリティ自体も、今はどこも劇場版を一本作るような方向になっています。なのでデフォルメや漫符の利用は、映像全体の格調を下げてしまう恐れからか使われ辛くなっていると考えています。

そのため、フルーツバスケットのリメイク版も奇妙に格調高く出来てしまっています。安易な格調高さに乗らざる得なくなってしまっているといいますか。いま、劇場版調でやるよりも、デフォルメや漫符でやるほうがすごくセンスがいる時代になってしまっていて、商業アニメーションでそれをやろうとする人はかなりのクリエイションができるところなんですよね……

あっ!春のモード一発目からややガチめで書いてしまった!観たアニメは忘れましょう。そして培った技術もモードも投げ捨てて、次回にお会いしましょう。