17.5歳のセックスか戦争を知ったガキのモード

今季のアニメーションの1話だけを観て今のモード(形態の流行)を全て決める最悪のアニメレビュー

『ゆらぎ荘の幽奈さん』とシリアスに現実と虚構が混同される分野のお話

Ads

ゆらぎ荘の幽奈さん 視聴17分

前回の記事のスターをchanmii-meさんから頂き、いつもスターを頂く方とは雰囲気の違う方だなと氏のサイトを少し観させていただいただきながら、ここは辺境のアニメのとほほオタクの書き散らしで正直すまんなんて恐縮しつつ、少々思うところがありました。

サブカルチャーが世間から批判されるとき「現実とフィクションを混同する」という言い方が常套句ですけども、思うにこれが本当な分野ってあれではないでしょうか。このブログタイトル絡んでてなんですけど、セックス関連ですね。

「現実とフィクションの混同」ということが本当にシリアスな分野はいろいろ見たところ、正直これが莫大なセックスネタが溢れかえっていることに対し、時々無意味な諍いも起きたりしてますよね。今回取り上げる『ゆらぎ荘の幽奈さん』もSNSですこし揉めたんですが、週刊少年ジャンプゆえに目立っちゃったんですよね。

少年誌でえっち表現が問題になること自体は昔からあることで、正直大した話じゃないんです。目立ってるところに批判があって、それに対して「読んでないだろ」みたいに言う。それは議論じゃないですよね。それ以前のただの揉め事ですよね。議論にできるだろうポイントを今更ですが表記します。

 

実際には「現実とフィクションの違いが判らないようになる」構造が社会的に出来上がってしまっている問題があると思います。一番現実とフィクションの違いが判らない弊害がわかりやすいのAVですよね。あれをマジのセックスでやっちゃって、本当に人を傷つけたり、痛めつけてしまうことになったりするという。「現実と虚構」ってほんと批評が大好きなテーマですけど、このあたりのネタってあまり見ないですね。セックスはあまりにもでかすぎて、かえって誰も言及しないのでしょうか?

亡くなられたAV女優の紅音ほたるさんの意見ですが、「AVはさすがにフィクションですよとみんなわかって観ているものと思っていたら、どうやらそうではないらしい」ということを語っていて、ハードコアなAVに出演する一方で強く性教育活動を行っていたそうです。

彼女以外にもAVの当事者の言葉ってよく読むとおしなべて近いことを語っていて、トップのAV男優である森林原人さんはコラムにて「性教育が「カブトムシの交尾」でいいの?」って本当にあきれているんですよ。森林さんも各地で講演会を行い、現実の性教育を伝える活動をしています

それにしても、なぜ幾人かのAV女優や男優の方が真剣に性教育の必要性を訴え、AVと現実のセックスの違いを説明せねばならないか。庵野秀明監督は「アニメではなく現実に帰れ」と虚構の作り手側が現実に目覚めさせることを言いましたが、AVに関してフィクションづくりに従事してる当事者が「あれはつくりものなのだから」と現実を教え直すというもっとすごいことが起きているといえます。これは本当にフィクションと混同したこと現実でやって被害者が出てるわけですからシリアスですよ。

フィクションだけしか真だとわかるものがなく、現実がタブーになるというサイエンスフィクションのあらすじみたいな現状

セクシャル絡みのサブカルチャーが本当に批判されがちで、しかも漫画アニメゲームあたりってかなり言われやすい。一方で「あれはフィクションなのだから」というために、現実のセックスに対しての平均的なリテラシーがあまりにも確立されていないのもある気がします。

フィクションをフィクションとわからない人がなんとやらになってしまうのに、なぜ現実の性教育がまともに機能していないのか?(実際の講演を行うAV女優・男優さんに悪いですけど)ヤクザに防犯を聴くような形にある意味ではなってしまうのか?ちょっとリサーチしますと、やはり学校で教えるところは教えている。ところが、なんと性教育をストップをかける圧力が起こるのです。

誰が止めたのか?いつ起きたのか?2005年前後、ジェンダーフリーという男性と女性の格差を埋めようとする活動があった。その一環で非常に具体的に性教育を指導していたといいます。ところが、具体的な指導は「過激な性教育である」と批判、「ジェンダーフリーという用語も使わないように」というバッシングがあったようです。

これが10年以上昔の話だけではなく、なんと今年も起きているのです。都内の中学校で行われた性教育に関してなんと自民党古賀俊昭都議が「問題点がある」と介入し、抑え込もうとしたというではありませんか

このことを踏まえますと、「セックスに関してフィクションと現実の違いがわからなくなる」一因を作りだしているのがまぎれもない政党側からだった、とも言え、オフィシャルに現実のセクシュアリティを教えるこよが抑え込まれるようになっているのです。

2005年当時から現在まで自民党の政治家がなぜ止めたのか、その裏にジェンダーフリーの方針を上げる一派がどのように都合が悪かったのかなどの政治的なコンフリクトがどれだけあったのかはわかりません。いずれにせよ、オフィシャルで現実のセックスを伝えることはタブーになりました。

かくして、セクシュアリティに関して現実と虚構の混同は日本国内でもっともシリアスな物事になっています。コマーシャルでは溢れかえるようにフィクションのセクシャルのコンテンツが膨大に生産、配信される一方で、「それをフィクションである」と相対化できるほど現実のセクシュアリティリテラシーがない。それどころか現実のセクシュアリティを教えることが完全にタブーと化し、その隙間をフィクションが入り込むという状況なのです。

ぼく個人は『幽奈さん』とかに文句を言ったり、または文句を言った人に「お前は読んでいない」なんて無意味な反論をしたりするよりも、両者ともに現実のセクシュアリティリテラシーを上げる動きをするサイドに投票、支援したほうが建設的だと考えています。そのために基礎教育の現場でまず性教育を通すことから始めたほうがいい。タブーを終わらせない限り、現実と虚構の混同は終わらないでしょう。

今回なんでぼくはこんな話をしているのか?えっと、コガラシくんは爪をめっちゃきっちり切っているのだろうなあと思っています。今ハーレムアニメで、しかもえっち押しなんだけど男性主人公が間合いを取っているというのはありそうでないですよね。フィクションのエロの本当に恐ろしいことはこれこれに凝縮されているのですが、そういう感じがないあたりがすごいとおもいました。

近未来にえっちねたをフィクションはフィクションということで楽しめるように現実がタブーにしてしまうことを終わりにすることを望みます。観たアニメは忘れましょう。でも培った技術とモードはそのままに、次回にお会いしましょう。

 

ジェンダーフリー・性教育バッシング―ここが知りたい50のQ&A

ジェンダーフリー・性教育バッシング―ここが知りたい50のQ&A