17.5歳のセックスか戦争を知ったガキのモード

今季のアニメーションの1話だけを観て今のモード(形態の流行)を全て決める最悪のアニメレビュー

観ててめちゃくちゃ恥ずかしかった「機動戦士ガンダム サンダーボルト」アニメ版 感想

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 機動戦士ガンダム サンダーボルト 1話 視聴フル

 

 またひとつ現れました。瞬間的に熱しすぐさまに忘れ去られ、次なる瞬間に繋げるための礎です。

 

 …なぜでしょうか?原作さっくり読んだかぎりではハードな描写が魅力の太田垣康雄による、ガンダム再解釈はすんなり楽しめていたのですが、アニメ版の本作になった途端、観ていて異様に恥ずかしかったです。ブリーチしか読んでなかった友達が高校生になった途端いきなりヘーゲルを読みだして気取りはじめている、しかもどうやら意味は分かってないらしいのを見ている恥ずかしさなんて例えが浮かびましたが、これを使うのは違うかもしれません。

 

 それはやっぱりサンライズ特有の動画タイミングの悪さのせい?この書き散らしやってると様々な制作スタジオのものを比較して観ることが多いんですが、サンライズは「ラブライブ」から「オルフェンズ」そして本作まで一貫してアクションが多い作品を多数取り扱っているにも関わらず、動画の気持ちよさが異様に弱かったり、また日常芝居がやけにぎこちなかったりします。比較するなら例えば今シーズンなら「僕だけがいない街」か「ディメンジョンW」を観れば、動画の気持ちよさの差は分かると思います。

 

 

 まずなんか恥ずかしかったのは、主人公二人の対立が、音楽的にジャズvsポップスという構図です。音の無い漫画では、主人公たちが語るジャズの楽曲やポップスの歌詞は、キャラクター造形の範囲で収まっていたため読者のイマジネーションやエッセンスとして消化されるためにそれほど違和感はありませんでした。ところが実際に映像と音楽がついた途端に、マジに宇宙世紀にてジャズとポップスが鳴り響く闘いになります。ここで、読者がイマジネーションとしていた部分の逃げ場は無くなり、本当にそのまんまかよ!と面くらいました。

 

 ちょっとややこしい話に入りますが、”映画の作中で登場人物がレコードやiPodなどで聴いていたり、実際に楽器で演奏した音楽が流れる”のと”映画でそれぞれのシーンを表現するための劇伴”は、同じようにシーン中に音楽がなっていたとしても、別物としてふつう判断してますよね。

 

 ところが本作ではその境界がありません。劇伴は全て主人公の聴いている音楽になっているのです。一応、音楽が流れるiPodっぽいものが映るシーンでは「これは劇中になっている音楽である」ということを示すために受信時のノイズが混ざってはいるんですが、基本はそれでジャズやポップスと別の、この作品ならではの固定の劇伴がありません。

 

 それのなにが引っかかってるかというと、ジャズvsポップスというのが主人公のイオやダリルのキャラクター造形の範囲を超え、アニメ版サンダーボルト全体に露骨に押し出す形になっていることです。はっきりいって、大人っぽさVS子供っぽさみたいなものがストーリーにも、ガンダムにジャズをフィーチャーした演出意図にも充満している形です。

 

 それがぼくには恥ずかしかったです。「サンダーボルトにはフリージャズだ!」のセリフには思わずやめてくれ!と叫びかけました。しかも、フリージャズのタイミングに動画音痴の最大手サンライズのアニメートがこれまた噛みあわないのです。イオのドラムソロシーンに全てを使い果たしています。

 

 ジャズとアニメということではNFBのノーマン・マクラレンの話でも出そうかとか思いましたが、また別の時にします。

 

 

 

teenssexandwarmode.hatenablog.com

 

  しかしルパンの再解釈に続いてガンダムの再解釈の劇伴に菊地成孔が起用されると言う構図は、最近の著作や発言などを加味すると思うところありますね。というのも、日本のカルチャーにおける大人らしさと子供っぽさに関して言及されていることが少なくないからです。こちらの対談をみていただけると話は早いかと思うんですが、「長い時間をかけて子供っぽくなっちゃったルパン」の「大人戻し化」と言っていますね。

 

 先のリンク先の対談は山本沙代の「峰不二子という女」のアプローチを「ある意味では大人化できていない。幼稚化を食い止めようと、大人を演出している」と評しているのですが、「サンダーボルト」アニメ版のこっぱずかしさもやはり大人を演出しようとしている感じというのが演出によって露骨になってしまったせいなのかもしれません。Twitterをふとみたら冒頭の喫煙シーンを持ち出して「これぞ男根のメタファーというべき内容どうだ久美薫」みたいにツイートしている人がいて、あんなどうでもいい大人を演出シーンにここまで乗ってる人を見てまた恥ずかしくなったのでした…ぼくは太田垣康男の原作ではそれほど大人の演出感は感じてなかったんですが、人によっては誤差あるかもしれません。

 

 日本商業アニメーションに大人らしさ子供っぽさの話を持ち出すと概ね荒れるんですが、もう少し続けるとルパンもガンダムの元祖は子供向けのフィールドなんですけども、ささやかなところで子供ではわかり得ない行間がそこかしこにあったんですよね。いちばんいい収まりどころはこういうかんじじゃないですかね。もう見てないんですがたぶん「オルフェンズ」のほうが無理にジャズだエロだトホホ喫煙シーンだみたいなガキが大人を演出するような真似を差し挟むことなく、正道なほうでそれをやろうとしてるんでしょうね。夕方からやってますしね。

 

 

  観たアニメは忘れましょう。でもなにより恥ずかしかったのはここの書き散らしが菊地成孔のをけっこうパクってるのが識者にバレていることはそのままに、次回にお会いしましょう。