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葛西祝によるアニメーションについてのテキスト

アニメは実写映画以上に"時"を自覚する 山村浩二「マイブリッジの糸」レビュー

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マイブリッジの糸 監督:山村浩二 2012年作

 

 アニメーションはその評価軸の基準を、どうしても実写映画などの評価軸に預けがちになる。だが、厳密にはやはり実写映画の評価軸ではこのジャンルそのものの特性を回収することはできないのではないかと思う。

 

 その最たるものは、やはり時間というものの取り扱いだ。当然のように一秒24コマで現実を切り取る実写映画に対し、アニメではそのカットのテンポ・アクションなどを含めた内容によって1秒間に使うコマの数を変えて使っていく。「アニメーションにはテンポが重要」というのは、それは作品によるだろうが特に時間感覚が実写以上にトータルで重要だからだと考える。

 

 このアニメーションならではの特性や、このジャンルの様々な誕生の歴史などを総じて自覚して見せたのが日本のアート・インディペンデントアニメーションの代表である山村浩二「マイブリッジの糸」だ。

 

 2012年に製作された「マイブリッジの糸」はコンテクスト的にも、日本のアニメ史的にもかなりのプロジェクトとしてスタートしている。山村浩二は「頭山」でアヌシー・オタワ・ザグレブ・広島といった世界4大アニメーション映画祭で数々の賞を得ており高い評価を確立していた。その更なる飛躍としてアート・インディペンデントアニメーションの世界最高の機関、メジャーリーグと言っていいNFBとの共同制作を日本人で初めて実現した。

 

 制作にはNHK、そして「シドニアの騎士」「山賊の娘ローニャ」といった現在のセルルック3Dアニメーションの旗手であるポリゴン・ピクチュアズも加わっている。そうそうたる陣営によって制作された本作は実写映画とはまた違う誕生や発展の歴史を歩んできたアニメーションの歴史や本質となる「時間」というものにアプローチをする。その題材となったのが、連続写真で歴史上の重要人物となったエドワード・マイブリッジだった。


 

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 実写映画の普及は最初期にはトーマス・エジソンを含み、様々な技術者や研究者を経て最終的にリュミエール兄弟のシネマトグラフが定式を作る。アニメーションはそれよりも早い。様々なアニメーション機器を経てエミール・レイノーリュミエール兄弟よりも早く、映像を興行にしていた。

 

 

 写真家エドワード・マイブリッジの為した連続写真というのはそんなリュミエール兄弟レイノー以前の映像の歴史のひとつだ。初めて時間というものを記録したと言える試みは、エジソンはじめ映像の発明に大いに影響を与えたと言う。

 

 連続写真の誕生はささいなことだったという。そこには崇高な研究や芸術の追求ではなく、単純に「馬は走ってる時に4本の足は地面から離れてる瞬間はあるかどうか?」の賭けがきっかけだった。

 

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 人間の目では観ることができない物事に対してマイブリッジはある発明をした。カメラを12台並べ、馬が走る先にカメラそれぞれに糸を張る。馬が走り出した時に糸を切っていくことでシャッターが切られ、馬が4本の足を地面から話している瞬間が12台のカメラのどの写真にかに記録されると踏んだ。

 

 出来上がった連続写真はすでに些細な賭け事を超える意味を放った。それは一秒12コマで出来た、映像というあらたな概念の誕生の一つだったからだ。


 それは明確な実写映画でもなく、ましてやアニメーションでもなかった。しかし現在こうして実写映画もアニメーションも定義されている中で振り返った時に意味は変わる。マイブリッジの連続写真はアニメーションの持つ特性に非常に近いとも見出されるのだ。

 

 一瞬の時を刻印し続けながら、同時に連続することで時間を作るマイブリッジの連続写真。糸を引きシャッターが切られ続けることで時間が記録される。それが「マイブリッジの糸」というタイトルの元になっている。

 

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 絵や写真はほんの一瞬の時間の中にある。そしてアニメーションは一枚の絵という瞬間を重ねる。シーンによって一秒1コマでヌルヌルに動かすとか3コマできびきびと飛ばしていくかなど可変させる。

 

 エドワード・マイブリッジの連続写真がアニメーションに近似していると言うのは実質そうした瞬間の連続に近いから、というのもあるだろう。*1

 「マイブリッジの糸」はそうした時の刻印を巡るアニメーションとして始まる。

 

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 ふたつの物語が並走する。ひとつは、ここまでに記したようにマイブリッジが馬の連続写真を撮る逸話。そしてもう一つは、東京を舞台にした母と子の物語。交互に移り変わる狭間には時計を頭部とした母娘のイメージや、「アキレスと亀」のイメージといった時を巡るイメージが差し挟まれる。

 

 連続写真、そしてアニメーションと時を巡るものごとを彩るのに欠かせないのは、やはり同じく時を巡るものごとである音楽だ。めくるめくイメージの劇伴として鳴るのはバッハ「蟹のカノン」。それは時と永遠をテーマにしたアニメーションにふさわしい楽曲となっている。

 

 なぜか。それはその楽曲の構造にある。蟹のカノンは「楽譜がまるで「回文」のようになっているのである。一方の音符を逆向きに読んだものが、ちょうど他方の旋律になって」おり「楽譜自体がメビウスの輪になって」いる(詳しくはリンク先で)

 

2つに分かれた永遠に続く旋律。それはマイブリッジと母子という時を巡る2つの物語や、時と永遠といったテーマにシンクロするかのよう奏でられる。

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 やがて時をめぐる親子のイメージから、膨大な糸が紡がれ始める。そして走る馬の足が、糸を切り続けていく。それは過剰なまでの一瞬の時が刻印され、そしてそれが連続していくことを示すシーン。まるでそれはアニメーションそのものの特性を形にするかのようだ。

 

  

 

マイブリッジの糸 Blu-ray

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*1:実際、アニメーションのスタイルの一つにピクシメーションというコマ撮りの連続による手法もある。これはやはり実験アニメーションの大家であるノーマン・マクラレンから、ライトの軌道をアニメにするトーチカなど様々な作家が行っている。