17.5歳のセックスか戦争を知ったガキのモード

今季のアニメーションの1話だけを観て今のモード(形態の流行)を全て決める最悪のアニメレビュー

細胞のイメージ・無機質なイメージが音と映像とともに蠢く、水江未来のアニメーション

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 商業アニメとなるともう佃煮のように毎度毎度Twitterからこのはてなブログ界隈に至るまで膨大に毎週感想が書き込まれるのだけど、そのラインからちょっと離れたところにあるアニメになるとそれはもうびっくりするぐらいに敷居が高くなる・注目度が限定的になるのはどういうことかなとか感じつつの新カテゴリー・インディペンデントアニメの書き残し。個人製作やアートアニメ界隈の作品についてです。

 一発目はここのところ気になっている作家・水江未来作品です

 
 水森作品はノンナラティブ・アニメーションムービーというフレーズがつけられており、文字通り一般的なアニメのようなキャラクターや物語構造を主体としないアニメです。

 そのため映像として展開されているのは非常にアブストラクトです。まるでコンピューター・グラフィックスのように極めて整数的な規律のある映像に見えますが、おおよそすべて手描きにて作画されています。

 

 具象的な部分としては細胞の分裂や捕食のイメージが主で、時にサイケデリックパターンなどを多用したアブストラクトが印象深いのですが、しかし展開される映像にはやはりそこにアニメーションの根源的な快楽部分が多分に存在しています。それは、映像と交わる音楽です。

 

 商業アニメーションとアートアニメ―ションというのはそれはもう違う畑のため区別は必要ですが、やはり音楽と合わせることで生まれる抽象の映像というのを先行していたのも振り返ればディズニーの「ファンタジア」あたりが最も早かったと思われます(ってここはもっと厳密に調べれば違うケース多々ありそうですが…)。

 

 水江作品は細胞や色彩が多数のレイヤーを重ねて増殖・活動するアニメや幾何学模様の動きとともにある音楽や音響により、間違いなくアニメーションの根源に触れている感覚があります。