17.5歳のセックスか戦争を知ったガキのモード

葛西祝によるアニメーションについてのテキスト

極黒のブリュンヒルデ 少女を痛めつける、作り手の屈辱と劣情に基づく残酷物語ライン

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極黒のブリュンヒルデ 第3話 視聴10分

 

僕がとても苦手なのが美少女ポルノ残酷路線です。いや、この括り方だと何を言っているのかすぐにはわかりませんね。

 

 

 

 

ほとんどハーレム的な展開とか女の子だけしか出さないとかそういう形に絞ることでキャラクターの魅力(≒欲情、劣情)をグルーヴさせていく手法は昨今のラブライブやらまで含めてかなりの作品がやってることですが、ここである種の痛々しさや劣情を含めることによる残酷ライン、こればっかりはどうにも苦手です。そりゃよくよく見ればトホホだからかもしれません。

 

岡本倫作品はただでさえ基礎デザインセンスが90年代末期でストップしている中で、何か劣情に基づく残酷を提示することで新味を出していました。エルフェンリートなど。しかしこれは非常に苦手なクリエイト方向でした。

 

もう少しこの残酷の奥にある何か、の苦手さについてはっきりと気付くのが18禁ゲーム界隈のエログロの指向性です。スクールデイズどうのから何まで、少女たちが残酷な目にあうという一台絵巻のようにすらなっているとも言え、その表現の背景には、逆説的にどうしようもないほどの製作者自身の何らかの屈辱とそれに基づいて、それを自身が欲情できる美少女ポルノの範囲に向けて痛めつけるという構図そのものが(面白さはわかっていても)苦手です。

 

この薄気味悪さは屈辱を受けた人間が小動物に殺傷に意識を向けて行った構図をクリエイティブに生かしたものとも言えるわけですが、このブリュンヒルデの画面やキャラクターの半端な古さに関してはより、何が美しいことなのかを追う事の出来ない屈辱面を倍加しているかのようで苦手です。

 

しかし、同じように屈辱や劣情を基にした少女たちに降りかかる残酷の路線でも、それを何か豊穣な瞬間に転じさせることが出来ているものなら話は変わります。たとえば「まどかマギカ」がそうでしょう。

 

もともと18禁界隈のライターという屈辱と劣情の品評会出身である虚淵玄による、一風普通の魔法少女ネタだが蓋を開けば残虐と無残。ここまでだったら凡百の屈辱と劣情の残酷程度です。しかし、シャフトによる劇団イヌカレーを起用した一種ヨーロッパアニメ的な瞬間を見せることや、梶浦由紀によるアンダースコアのそれぞれによって、なにか屈辱と劣情といった初期部分の陰鬱を超えて美的な画面と映像を形作ることに成功してたと思います。

 

シャフト京アニあたりで上に上がったレイヤーの上のデザインで屈辱と劣情を不快感から美的なところにまで反転させていくことには文句ないのですが、ただでさえやや古いキャラデザインや画面構成でのそれはただただ後味悪いです。それは今では古いデザイン下にある18禁ゲーム界隈の屈辱と劣情の品評会のように。観たアニメは忘れましょう。でも培った技術とモードはそのままに、次回にお会いしましょう。

 

 

 

「極黒のブリュンヒルデ」Blu-ray BOX I

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