『この世界の片隅に』は正直言うとネットの動画で見た予告編の段階では、今年観たどの劇場版長編よりも見劣りがしたんです。しかし映画館の白いスクリーンに映された瞬間にまったく評価が変わりました。極めて注意して作られた静かな作品です。むしろそうした作品こそ映画館の放映でしか成立しないかもしれません。まるで白いスクリーンの上に水墨画か、あるいは水彩画がにじむように映されるからです。
思えば片渕須直監督が『魔女の宅急便』のベース部分を作り上げていた時点でそのまま宮崎駿の現役時代からジブリの跡継ぎをスムーズにこなしていくのではないかと思われながらもそうはいかず、ジブリを離れた後の作品が何億円も叩きだすということにはならず、ファンや評論家から高い評価を得るポジションに落ち着いていました。しかし、その評価に反してスムーズに新作を製作することにはならず、困窮した時期も経験したといいます。
同時に「あまちゃん」で大人気を得た能年玲奈も、ドラマの放映が終わったその後の活躍を疑う人間はおそらくは少なかったはずです。しかし実際は所属事務所や芸能界内部の関係なのか、同じドラマに出演していた他の女優たちが活躍の場を広げる一方で一時は活動休止ぎりぎりに追い込まれます。
類まれな能力や期待をかけられながらも、不遇になってしまっている監督と主演声優ですが、周囲のファンやこころある人間などに強く評価され、支えられてきた背景があると思います。ぼくはオープニングであらたに名前を変えた能年玲奈の名前「のん」が表示され、そして監督の「片淵須直」の名前が映されたあとに『この世界の片隅に』のタイトルバックが表示された瞬間、このタイトルに監督と主演声優、そして原作のこうの史代それぞれの名前の頭文字が含まれていることに気付き、似た境遇であるかに見える彼らが流れ流れて出会うことになったように見えたのでした。
続きを読む